今回は、SNSの炎上について考察したいと思います。
SNSでは、国際大会で負けた選手に誹謗中傷が集まったり、オリンピックの選手に攻撃的な言葉が向けられたりする場面がたびたび見られます。
こうした出来事が起きると、
「叩く人の性格が悪い」
「ひどい人がいる」
という理解で語られやすくなります。
しかし、その現象を個人の性格だけで説明してしまうと、なぜ同じことが何度も起きるのかが見えにくくなります。
この記事では、SNSで叩きが生まれやすい理由を、私たちが生きている現代の評価の構造から整理してみたいと思います。
この記事のポイント
SNSで叩きが生まれやすいのは、単に一部の人の性格の問題だけではありません。
比較によって揺れた不安を調整しやすい構造と、それをすぐ行動に変えられる環境が重なっていることが大きいのです。
前回のおさらい:比較は「自分チェック」を強める
前回の記事では、他人の成功を見ると、
「自分はこのままで大丈夫だろうか」
「見捨てられる側に近づいていないだろうか」
という警告が鳴りやすくなる、という話をしました。
比較が苦しいのは、相手がすごいからだけではありません。
その瞬間に、自分の立ち位置が揺らぐからです。
私は足りているだろうか。
受け入れられる側にいるだろうか。
このままでも大丈夫なのだろうか。
そうやって自分をチェックする動きが強まる。
これは、自分を守ろうとする反応でもあります。
そして今回は、その続きです。
この「自分チェック」は、自分の中で苦しみになるだけではありません。
ときには、誰かを責める動きとして表に出やすくなることがあります。
ここで大事な視点
不安が強まると、人はただ落ち込むだけではありません。
その不安を調整するために、外側へ向かう反応が起きることもあります。
成功者の失敗が、強く反応を引き起こしやすい理由
他人の成功を見て、自分の立ち位置が揺らぐ。
これは前回見てきた通りです。
ただし、誰に対しても同じ強さで揺れるわけではありません。
特に反応が強く出やすいのは、成功している人、注目されている人、認められている人です。
なぜなら、その人たちは
「受け入れられている側にいる人」
の象徴として映りやすいからです。
活躍している。
称賛されている。
結果を出している。
そうした姿は、
「見捨てられにくい側にいる人」
として見えやすい。
すると、自分とのコントラストが強くなります。
そのぶん、自己チェックも大きく揺さぶられます。
そして、その相手が失敗したときに何が起きるのか。
「あの人でも失敗する」
「あの人でも批判される」
この瞬間、自分の立ち位置が相対的に安定したような感覚が生まれることがあります。
自分はあの失敗をしていない。
自分はあれを正しく見ている側にいる。
少なくとも、あの人よりは危なくない。
そう感じることで、
それまで揺れていた
「自分は大丈夫だろうか」
という不安が、一時的に落ち着くことがあります。
だから、成功者ほど叩かれやすいのは偶然ではありません。
比較を最も引き起こしやすい相手であり、
自分チェックを最も強く揺らす相手であり、
その相手が崩れたときに、自分の不安を最も調整しやすい相手でもあるからです。
これは、単純に悪意が強いという話だけではありません。
不安の処理先として、成功者が最も使われやすい構造になっているのです。
成功者が叩かれやすい理由
・比較を強く引き起こしやすい
・「受け入れられている側」の象徴に見えやすい
・失敗したときに、自分の不安を相対的に落ち着かせやすい
SNSは、その反応を最も実行しやすい場所
成功者の失敗を見て、不安を調整したくなる反応。
これは、SNSの中だけで突然生まれるものではありません。
テレビで試合を見ているとき。
ニュースで誰かの失敗を知ったとき。
その時点ですでに、反応は始まっています。
では、SNSは何をしているのでしょうか。
SNSは、
その反応を最も簡単に行動へ変えられる場所です。
テレビの前で思ったこと。
ニュースを見て感じたこと。
それを、その場でそのまま言葉にできる。
しかも、相手に直接届けることもできます。
さらに、自分の反応には「いいね」がつく。
同じ意見の人が見える。
数字によって、「自分は正しい側にいる」という感覚が補強されることもあります。
つまりSNSは、
「自分は大丈夫だ」と感じるための反応を、すぐ実行しやすい場所なのです。
だから普段SNSを積極的に使わない人でも、わざわざアカウントを作って参加することがあります。
あれは、
「SNSにいたから叩いた」
のではなく、
「調整したかったからSNSに向かった」
と見るほうが実態に近いでしょう。
SNSは炎上の原因そのものというより、
すでに動いている反応を、最も手軽に実行できる増幅装置なのです。
デジタル評価社会では、その反応が止まりにくい
比較や正しさをめぐる競争は、昔からありました。
しかし今は、それが数字として常に見える時代です。
いいねの数。
リポストの数。
フォロワーの数。
再生回数。
ランキング。
トレンド。
誰が支持されているのか。
誰が正しいと見なされているのか。
誰が失敗したのか。
誰が叩かれているのか。
そうしたものが、リアルタイムで見え続けています。
しかも、一度見て終わりではありません。
次の投稿。
次の反応。
次の比較。
次の怒り。
次の正しさ。
それらが途切れずに流れ続ける。
つまり今は、
評価される空間そのものが閉じにくいのです。
閉じにくい場所では、人は安心しにくくなります。
安心しにくいと、自分の立ち位置を守る反応が強まりやすくなります。
だからこれは、
叩く人が特別に多い、という話ではありません。
むしろ、
不安を調整するための反応が、起きやすく、実行しやすく、止まりにくい構造になっている。
そこが重要です。
デジタル評価社会の特徴
・評価が数字で見える
・比較対象が次々に現れる
・反応をその場で行動に変えやすい
・一度始まった評価が止まりにくい
SNSの叩きを、個人の問題だけで終わらせないために
ここまで見てきたように、SNSの叩きは、単なるマナーの問題や個人の性格だけでは捉えきれません。
もちろん、誹謗中傷はしてはいけないことです。
その前提は動きません。
ただ、その上で必要なのは、
「ひどい人がいる」で終わることではなく、
なぜ人がそうした反応に乗せられやすいのかを見ることだと思います。
比較によって不安が揺さぶられる。
その不安を落ち着かせたくなる。
その反応を、SNSがすぐ実行できる形に変えてしまう。
さらに、数字や同調によって強化される。
こうした流れがあるからこそ、叩きは繰り返されやすいのです。
誰かを外側に置いて終わるのではなく、
私たち自身もまた、評価の空気の中で揺れやすい存在なのだと見ること。
それが、少し違う見え方につながるのではないかと思います。
まとめ
今回は、なぜSNSでは叩きが生まれやすいのかを見てきました。
前回は、他人の成功を見ることで
「見捨てられるかもしれない」
という警告が鳴り、自分を追い立てる流れを扱いました。
今回は、その同じ警告が、
誰かを責める動きとしても現れやすいことを整理しました。
特に成功者が叩かれやすいのは、
「受け入れられている側の象徴」として映りやすく、
比較を最も強く引き起こし、
失敗したときに自分の不安を最も調整しやすい相手になりやすいからです。
そしてSNSは、その反応を生み出す場所というより、
すでに起きている反応を、最も手軽に実行できる場所でした。
だから大切なのは、叩く側と叩かれる側を単純に分けることではなく、
そうした反応が起きやすく、実行しやすく、止まりにくくなっている場の構造を見ることです。
私たちはみんな、評価の空気の中で生きています。
その中で何が起きているのかを、性格や根性だけではなく、
不安や安心しにくさ、そして環境の構造から見ていく。
それだけでも、この問題の見え方は少し変わってくるはずです。
まとめの一文
SNSで叩きが生まれやすいのは、誰かが特別におかしいからではなく、不安を調整する反応が起きやすく、それをすぐ実行でき、さらに増幅されやすい構造があるからです。