今回のテーマは、「なぜちゃんとできない自分が許せないのか」です。
前回は、愛着理論をもとに「安心できない仕組み」をお話しました。
安心できない環境の中で、見捨てられないように「私は大丈夫?」と自分をチェックし続けるようになる。
そのチェックが強くなると、「大丈夫じゃない自分」は危ないものに感じられるようになって、自分を厳しく見ることにもつながっていきます。
これも、安心できない関係の中で身についていく心の動きなんです。
こうした愛着の不安は、親子関係だけに限りません。学校や職場のような、その後の人間関係の中でも強くなることがあります。
学校でのいじめと転校
私は小学校低学年のとき、クラスでいじめを受けていたことがあります。
クラスでからかわれたり、物を取られたり、軽い暴力を受けたり。そういったことが繰り返されていました。
私にとって学校という集団は、すごく怖くて不安な場所になっていました。
しかしある時、家庭の事情で転校することになったんです。それは私のいじめとは全く関係のない、親の仕事の都合でした。
私は今の環境から離れられることにすごくホッとしました。だけど同時に、新しい環境に受け入れられるかがすごく不安でした。
「またいじめられるかもしれない」
「また排除されるかもしれない」
転校が近づくにつれて、そんな不安が強くなっていきました。
今度はいじめられたくない。クラスの中で居場所を作りたい。そう強く思うようになったんです。
見捨てられないための努力
そこで私は、新しい学校でいじめられないように、優秀な自分でいようとしました。
私はスポーツが全然出来なくて、できることと言えば勉強だったので、勉強ができる子でいようとしたのです。
さらに勉強だけじゃなくて、雑学を覚えて皆に披露するようになりました。そのために父親の難しい本を無理に読んで、知識を仕入れたりして…
そうやって「物知りで面白い優等生ポジション」みたいなものを、クラスの中で作り上げていきました。
これは決して向上心からの勉強ではありません。クラスの中で排除されない、見捨てられないための努力です。
二度といじめられないように、排除されないように、「ここにいていい理由」を必死で作ろうとしていました。
「今の私は見捨てられない私か?」をチェックし続けて、アラートを鳴らしながら、大丈夫な自分でいようとする。だからこそ、「ちゃんとできない自分」が許せなくなっていく…
そうすることで、実際に私はクラスの中でいじめられずにすみました。一定のポジションを得ることが出来たんです。
なので、「ちゃんとできてるかどうか」という厳しいチェックは、確かに私を守るために働いていたんです。
チェックの弊害
ですが同時に、そのチェックは心に負担もかけていました。
「優等生でいなければ見捨てられる…」私はこの思いを持ち続けていたのです。
例えばテストで100点を取れるかどうかがすごく心配だったし、授業中に先生にあてられたときは、「間違った回答をしたらどうしよう…」そんな考えが浮かびすごく怖かった。
さらに、他の子が雑学を披露してたりすると、私の居場所が危うくなるような、そんな危機感や嫉妬を強く感じていました。
これは、いわゆる気が弱いとか自意識過剰、完璧主義、そんな風に思われるかもしれません。
しかしこれが、前回の記事でもお話した、『愛着に基づく生存に関する恐怖』なんです。
見捨てられたら生きていけない。
安心できない環境にいた自分が、見捨てられない自分でいようと必死で努力をし続けた。
これが、「私は大丈夫?」「ちゃんとできてる?」というチェックが強くなっていく仕組みです。
このチェックは、今のわたしの中にも強くあります。
集団の中にいると、そこで見捨てられないように、厳しく自分をチェックし続けてくれています。
苦しさもあるけど、それは紛れもなく私を守るための私の心の働きです。
評価社会の中に蔓延するチェック
これは決して私だけの話ではないし、学校の中だけの話でもありません。
こうした見捨てられないための頑張りは、形を変えて現代の世の中にあふれています。
例えば、
自分磨きを頑張る
SNSでいいねをたくさんもらう
仕事で成功しようとする
恋人や周囲に尽くしすぎる
これらも、自分自身を厳しくチェックして、大丈夫な自分を見せようとする。そんな見捨てられない自分でいようとする頑張りの残りかもしれません。
それは、安心できない環境の中で、なんとか見捨てられないように生きてきた頑張り…
あなたが一生懸命生きてきた証なのかもしれません。
終わりに:責めるあなたを見つめてみる
今回は私の体験をもとに、ちゃんとできない自分が許せなくなる仕組みを見てきました。
ちゃんとできない自分が許せない。それは、ただ自分に厳しいからではなく、ちゃんとできない自分では危ないと感じてきたからかもしれません。
もっと楽に生きたい。
もうこんなふうに自分を責めたくない。
そう感じるのは、とても自然なことだと思います。
それでも、その責める反応にも、安心できない環境の中で自分を守ろうとしてきた役割があったのかもしれません。
だから、「自分を許せないこの反応は、何から私を守ろうとしているんだろう?」
そんなふうに自分を見つめてもらえたら嬉しいです。
それでは、今回の動画は以上です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
モバイル愛着ケアカウンセラー 川谷虎鉄でした。